ら すとらあだ

自分のストレス解消ブログがお店用のブログに

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僕の住む街をもっと知りたい



僕は放射能をどこか甘くみている。

自分は死なない存在だと思い込むように、放射能なんて怖くないと思いこんでいる。

そう黄色信号が点滅したので亀さんのようにゆっくりではあるが情報を得ようとした。



まだまだ勉強不足だが、少なくとも僕の住むこの国がどこかおかしな方向に進んでいることがみえてきた。


親がなぜドコドコ産の野菜を食べないんだ? なぜ牛乳飲まなくなった?

なぜ魚を食べないんだ? と首をかしげる。


疑う余地があるとしか言えないし、内部被爆のおそれについては理解はしてくれていても

僕のことを親も友達もみな少し神経質になっていると思っているようだ

こうなれば自分の身は自分で守るしかないという結論に至る。

(とはいえ親だってもしこのような状況で僕を産んだとしたら
 きっと必死になってあれこれ危機意識を高め悩みに悩んだはず)


僕は蕎麦屋をやるつもりだった。


だけど、出汁一つとってみても、必要な鰹節や昆布にお水。

安全だという保証がどこにあるのかすらわからないのが現実。

国が認めたと言ったとしても信じられません。


そういう話になると「だったら日本には住めないよと」言われてしまうのですが

そもそもすでにそのようなレベルに突入しているんだという意識が低いのか、見なかったことにしているのか。

もちろん社員をかかえている会社なり飲食店で

安定した収益があるのにいきなり方向転換ができるはずもないことくらい承知ですが

どこか看過しているように思えてならない。


だから僕はずっと悩んでいる。

蕎麦屋を開店したいが仮にやれたとしても、もり汁ではなく塩だれとか鰹出汁ではない、つけ汁

を用意するかなどと、蕎麦好きが踵を返すようなことをやるしかないのかなぁと考えてしまう。


カレー屋さんだと、スパイスからライスまで輸入ものでそろえられるメリットを考えてしまう。

なんせ自分も内部被爆を抑えていかないといけない身ですから

同じくお客様にも内部被爆になる可能性があるものをだせるはずがない。

常にそのような意識を持ち続け、僕もお客様も健康になるための食事をとらなくてはいけない。

そのための食材を確保できる見通しができたら何屋になるにせよ開店させたいというのが本音です。




ちなみに僕の住む街は所謂ホットスポットと呼ばれているエリア。


だからこそ自分の住む街の現状を知りたかった。


僕の親友も今年初めに癌の手術に成功したのに、つい最近になって癌が再発したことが判明した。

月曜日に偶然会うことができて見た感じでは元気そうだったが心の辛さは誰にもわからない。


彼が住む街もホットスポットと呼ばれる場所。

それが再発する率を上げているのかもしれないと思えてならない。


この一連のモヤモヤした気持ちを加藤さんは感じとってくださり

「思いつくまま、計測しましょうか」と声をかけてくださいました。

そのお心遣い本当に感謝です。


わかっていることは、3月11日を境に表から裏にこの国は変わったのだ。

だからもっともっと本当のことを知りたい。


知ったうえで予防は今以上にできることがある。

それと同時進行で、もっともっと情報が沢山の人に伝わればきっと今より良い案がどこかしらからでてくるはず。


今、一番僕が恐怖を感じるとすれば誰もがあきらめはじめているかのような空気が

流れていることだ。


危険を感じるんだから多少過剰であっても自己防衛本能を高めて何が悪いのさ~

国が5年、10年経ってから情報を公開して僕らが後悔しても後の祭り。


今回、加藤さんのご厚意で僕のよく出没する東東京を時間のゆるすかぎり計測していただくことに。

それとなかなか御挨拶に伺えなかった方々にも会いたいのでそういうルートで回りました。



僕の尊敬する加藤晴之さん。

大地震後、黒森庵を休業し放射線量の計測をずっと継続されて常に公表されている。

なかにはお店を再開されないことに不思議がっている方もいらっしゃるようだが

家族のお子様たちのため、これからの日本を造る子供たちのために

加藤さんは加藤さんにしかできない孤独な戦いをされているとしかいいようがない。



出張蕎麦時代の頃の写真を真弓さんの卒業式後に初めて拝見しました。

希望と幸せに満ち溢れていた写真を見ていると心がグッと熱くなった。

そもそも、なぜ加藤さんがこんなにも神経をすり減らしてまでも計測しなくてはいけないようなことになったんだと

原因の発端を思えば思うほど怒りがわいてくる。

その時も、モニターを見ている加藤さんから溜息が何度も聴こえて来た。



加藤さんだけではなく、幸せな生活をされていた誰もが3月11日以前のあのころには戻ることができない。


だとしても、僕らには生きる権利もあるし幸せになる権利もある。

だから、もっと知りたい。

これからの生きるヒントを。


余談が長くなってしまった。


心に溜まった想いを綴ってしまったがまだまだ書き足りないくらいだけど

加藤さんを長々とお待たせしちゃった。

さぁー出発しましょっか!


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  1. 2011/09/21(水) 05:31:26|
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