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一昨日の話 その弐




宮城県石巻市相野谷周辺の商店街らしき通りを走る。

でも、なんだかオカシイ。

活気がないというよりも人の気配そのものが無いようなきがする。

ここも何かしらの影響があったのか?


少し進むと、初めて異変に気づく。


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左側と右側の見た目の違いがあきらかだった。

右側の奥の建物までもが倒壊しており家の中まで瓦礫と泥で埋まっていた。

左側の建物などはきれいなように見えていたが、実は修復されただけだったのだろうか?

それにしてもこの光景は…

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さらに海岸沿いへ進もうとすると、このような跡地が拡がっていた。

この状態だとかなり瓦礫処理がされたのだろう。

グーグルマップでどの辺りなのか照合しているのだが解らない。


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県道64号線

ただでさえどこを走っているのか解らないのに霧が。

後で、作業で舞った砂埃だとおもったがやはり霧だった。

霧が辺りを包むとどこか不気味さが漂う。

ここが被災地だという認識がなければ逆に神秘的に思えたのだろうか。



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国道398号線


大川小学校に行ってみようと思ったが、橋がまだ流されたままだった。

日記を書きながら時間のあるかぎりYoutubeで津波に関する映像をみていたがその中のひとつに

ここの橋の映像があったので見てみたが津波の勢いとその範囲の広さに唖然となるだけだった。

それをイメージしながらこの通りを照らし合わせるともう言葉がない。




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ひとまず僕らは、橋を渡るのを諦めそのまま進むことにしました。

だんだん津波の傷跡が形として残っているエリアに。

消防車もその一つでこれ以外にも破壊された消防車をみかけた。

市民を守るべく作業中に津波にあったのだろうか。

いや、それだけじゃない。 この街の住民はどうなったのだろうか。

誰かそのことを知る人が近くにいれば聴きたいところだが

住民がとてもいるとは思えない光景がここにある。

警察の方も沼みたいなところで捜索されていた。

今でも行方不明の方がどれだけいるのだろうか。


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手前の建物が石巻市役所支所であり、後ろの建物が市立吉浜小学校。

これも後で知ったことですが、吉浜小学校に押し寄せた津波は3階天井の高さまできたそうです。

≪証言! 大川小学校の悲劇 その1 東日本大震災津波≫ Youtubeでこのタイトルでみた

大川小学校の生き残りの生徒である只野哲也君の語る言葉から

この吉浜小学校周辺の状況もなんとなく想像が浮かんでくる。

にしてもだ、この市役所支所の頑丈そうな建物をもってすらこの状況。

水のエネルギーだけとは思えない。

きっと自動車や家など無限にやってくる物質に打ちつけられたのも原因の一つか?


その後、398号線をある程度まで進みそこでも悲しくなる光景があった。

地震が起きた時、僕は、綾瀬駅のホームの上であり、歩いて亀有の旦那さんの安否を確認した

その頃だろうか、ここでは全てを無にかえす津波がやってきたのは。

そう考えるといろいろな感情が身体のあらゆるところからわきでてくる。


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石巻方面から今度は、名取・若林区へと進む。

こっちの方はまだ瓦礫の量が多い。

各県のあれだけの範囲、どう考えても数ヵ月で片づけられるはずがない。


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県道137号線 仙台市立荒浜小学校付近


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体育館のようですが天井から何か落ちてもおかしくない状態


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ここから津波がやってきて、そのまま真っすぐ学校をはじめあらゆるものをのみこんだ


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学校から海岸まで真っすぐ進む道なのだが誰もいない

人の気配がない建物の不気味さは尋常じゃない

照らす灯りは今もないのかな

夜、歩けと言われても歩けないだろう

もうすぐ闇がやってくる


僕らも日帰りなのでそろそろ戻ることにしました



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最後に仙台空港を



地震から約4ヶ月近く経ち、範囲が広いということもあるが一日一日街は復興に向けて進んでいる

とは、正直いいがたいほど取り壊した方がよい建物や瓦礫がそう物語っている

街を甦らせるのがよいのか、それともどうするのがよいのかと

答えはまだまだでそうにない気がする。


津波も原発事故も同じ地震が原因で起きたものですが


自分の中でこの両方の災害が現在進行形と過去のものへと分かれてしまっていた。


津波の残した爪痕を自分の眼で足で感じとれたのはやはり大きなものとなった

ここからもっと学ぶことが多い


真理を求め過ぎるのも恐さを伴う場合があるが

やっぱり人生とはなんだろうかと考えてしまう


自分は死なないと思いこむように明日のことなんてわかりゃしない


やっぱり少しでも生きていたい

これが本音です



ずっと車の運転をしてくださった南保さん本当にお疲れ様でした




被災地の皆様には言葉や文字に表すことができないが

なんていってよいのかわからないですが気持ちだけは通じ合いたい


これから復興に向けて自分がどのように手伝えるのか

ボランティアや炊き出しなども考えてみよう


どんな小さなことでもよいからまず自分が動ける範囲のことを探してみよう




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  1. 2011/07/05(火) 05:46:42|
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